2023年 10月20日 06:49 (金)
朝ベランダに出ると、肌寒い秋風と一緒にどこからか金木犀の匂いが漂ってきます。
10月生まれの私には、これが毎年誕生日を告げる香りになっているのです。
先日ファンシーショップで物色をしていると、金木犀の香りのノートが棚に並んでいました。
すると横にいるお嬢さんがお友達に、「あー、これって実家の香りなんだ。」と笑いながら話しているのが聞こえ、香りってそれぞれに連想があるのよねぇなんて思いました。
そう言えば昔、金木犀の香りのガム「Eve」が好きだった。落ち着いた金色の細長い箱に赤の差し色を取り入れた、ちょっと高級感があるデザイン、懐かしいな。
金木犀が香るとこのガムを思い出すって昭和生まれのひとが少なくないかも。

20mくらい続く近所の金木犀の小道 10月は通るのが楽しみ
さて、作家さんから人形展の案内葉書が届いたので、普段下町をウロウロしている私が一カ月ぶりで都心に出ました。

スカイツリーから東京駅までの東武シャトルバスがいつの間にか廃止されていました。
地下鉄の方が交通費安いし早いし馴れているのだけれど、「バスに乗っていつもと違う気分を味わってきなよ~。それも楽しいよ、そうしなよ。」と旦那が推してくれてたんですが。(都バスは通常運行しています)
地下鉄の各駅電車に乗っている時間は15分程なのに、地上に出るとまるっきり洗練された雰囲気の都会。

会場は丸善丸の内ビル。
熊 でか

狭いスペースでの展示販売ですが、美術館のようなラインナップ。

既に会期終了・主催ドルスバラード/会場内撮影禁止
気づくとビスクドールの前にいる時間が長かったです。
人形は、石塑(石粉)粘土、布や張り子、キャストなどそれぞれの趣き、持ち味の良さがありますが、どうしてかビスク肌を前にすると時間を忘れてしまいます。
MM氏人形・・・言葉を失う程に神々しかった・・・。
KY氏人形・・・いつの日かお輿入れを願って・・・。
在廊していた作家さん達と少~しだけお話ができて嬉しかったです。ありがとうございました。

数は多くないですが創作人形も大切にしています。
これも何故だか自分ではわかりませんが、今まで写真をほとんど撮ってきませんでしたね。
キャストドールやリカちゃんと楽しむ”お人形遊び”の対象とは違うみたいで、まだ一度も撮影していない創作人形が数体いるくらい。こちらでも紹介していないはず。
あのこ達が空間にいることで満足してしまうのか、空間に居るということが大事なのか。
人形の世界をあまり人間が邪魔しちゃいけないと、無意識な概念が働いているとか・・・??
謎
作家創作ドールの数少ない写真から




帰りは散歩がてら銀座まで歩いて、来月行われる甥の披露宴の祝儀袋をもとめ、お嫁ちゃんのイメージにあうものをやっとみつけた。

食事をしようとしたら、うーん、どこも自分の外食設定金額より高いから、地元ら辺で食べようってことになりました。
なのに、その後百円ショップであれこれ買っちゃった。今レジンにハマり気味で。
11月は冠婚葬祭、12月は友人らと忘年会やイベントなど毎週のように予定があるから、節約の為に今月と来月はもう趣味のものは買わない!
材料が足りなかったら工夫してうちにあるもので代用する!←ここに書いておけば実行できると自分に言い聞かせる
両国のちゃんこ屋

2023年 01月13日 06:35 (金)
ghosts in my room44 箱庭の人魚
私の部屋で半年を過ぎ

★
この人魚のこどもは深閑に眠ったままでございます(骨と人魚 番外-九月の人魚)

眠る創作人形を20年間探しておりましたから
人形が眠っていて
それは本望であるはずなのです

では何を要らぬ事を申したいのか
眠り人形とは極希にふと目を覚まし
あるかないかの中有を乱反射する硝子の瞳でみつめ
そしてまた深い眠りに落ちるものでございましょう

ですがこのこは
眠りではなく 仮死なのではと不安に陥りました
思えば 見知った道すがらの詩趣な画廊で出逢ったときから
それは潜在的にあったのかもしれません
眠りではなく 仮死人形?

★
このこは眠っているのではなく 中有にゆらゆらと漂っているのでしょうか
私の寿命がくるときに ようやく私の存在に気づいてくれるのでしょうかと
そう思えてきました

★
*******************
★印はgallery hydrangeaにて撮影及び掲載許可をご店主からいただいています
※作品単体を撮影・掲載の場合は確認が必要のようです
他は自室撮影:機種NikonD750一眼レフ
*******************
私の部屋に棲むゴースト達のシリーズ
† 箱庭のHEAVEN †











![20200618075706ca8[1]](https://blog-imgs-140-origin.fc2.com/s/h/i/shiortan/20201007123540a3c.jpg)
![200509DSC_4669[1]](https://blog-imgs-140-origin.fc2.com/s/h/i/shiortan/20200618070222651.jpg)


![191012DSC_9846[1]](https://blog-imgs-129-origin.fc2.com/s/h/i/shiortan/20200225080933f99.jpg)
![190730DSC_9501[1]](https://blog-imgs-129-origin.fc2.com/s/h/i/shiortan/2020022508093267d.jpg)


![2018122422075450b[1]](https://blog-imgs-123-origin.fc2.com/s/h/i/shiortan/201901072119122f2.jpg)



![180917061401426[1]](https://blog-imgs-123-origin.fc2.com/s/h/i/shiortan/20181103130705d4c.jpg)




















2022年 09月01日 21:20 (木)
骨と人魚11 -九月の人魚-(番外)
ある九月の 月明かりが海の底に届きそうに眩しい夜のことでございました

しじまだけが果てしなく呼応し広がる冷たい水底で
珍しい貝の卵から孵ったばかりの小さな人魚は
魚の尾ではなく二本の人間の足を持っていました

あれはまだケアラシが海面に立ちこめる凍てつく冬のことでした
汚れた人間の世界を疎い悲しんだひとりの若い女は
これから生まれてくる愛しい我が子には
どうか陸(くが)とは違う世界で暮らして欲しいと願いました
「目の前の海原はなんと広大で美しく神秘的なのだろう
我欲にまみれ罪を罪とも知らぬ者の魂はクラゲとなり当てもなく漂い そのうち泡のように消えてしまうと伝え聞く
海に棲む者は皆浅ましく不浄な争いなどせず 其処は朝焼け夕焼けが珊瑚色に染まるまばゆい極楽のような場所に違いない」

「止ん事無き綿津見神に願い奉る
生まれてくる我が子をとこしえの命を持つ人魚とされ 海神の妃として迎え入れ給え」
女は海を見渡す山の上に建つ 小さなお宮様に三百日の間 赤い蝋燭を灯してそう願い続けました
「赤はお宮の鳥居と同じ色 きっと魔除けとなりましょう
蝋燭の火は生まれてくる子の道を照らしてくれましょう」

願いが届いたのか夏の終わりの晩
不思議なことに女は貝でできた卵をひとつ産み落としました
母親となった女は卵を胸に抱くと 月明かりを頼りに沖に小舟を漕ぎ出し
そっと手を離しまだ温かい卵を海の底へと沈めると手を合わせました
するとたった今まで凪いでいた海が轟々と恐ろしい音を立てて渦を巻き出し
瞬く間に小舟ごと女を飲み込んでしまったのです
女が最後にちらと見たものは 山のお宮様に灯した赤い蝋燭のほのかな明かりでした
やがて波が静まると 後は何事もなかったように
九月の澄んだ夜の下の海面を 月が青白く照らすばかり

卵から孵った人魚の子どもの足は魚の形をしておらず
永遠に目を覚まさすこともなく
頼りない藻屑のようにゆらゆらと揺れながら 唯眠ったままなのです

これが母親の願った
極楽もかくやとばかりの海中で とこしえの命を与えられた人魚の姿なのでありましょうか

人形作家: 櫻井紅子
ワタツミにはワタツミの クガにはクガの
ヒトにはヒトの生きる道がありましょうに
小さな人魚は何を思い 今も海の底で眠っているのでございましょう
お宮様には今も誰かが供えた 赤い蝋燭が灯っているのでございましょうか
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これまでに何度となく読み返したり、朗読でも繰り返し聴いている小川未明の『赤いろうそくと人魚』。
未明らしい物悲しさで人間のエゴを映し出し、場面のひとつひとつが影絵のように静かに浮かんでくる短編です。
作中の人魚の母親は、我が子が暗く冷たい北の海で寂しく育つよりも、
情を持ち豊かな生活をする人間の世界で暮らした方がさぞ幸せだろうと考えて子供を手放しました。
では人間の世界を疎う人間の母親であればどうだろう・・・。
その子どもはどうなるのだろう・・・。
(育児放棄をされた子の魂は)そう考えながら今日即興で作ったお話です。
我が子が幸せにと願う気持ちを考えると胸が詰まりますが、境界線を超えることや過ぎた欲よりも、
足るを知るのが大事だと自分に言い聞かせる部分があります。
骨と人魚シリーズ、ぽつりぽつりと2016年から続けています。
18年からは毎年1作づつのスローペースで今回は番外編。
前回は森鴎外の「高瀬舟」の主人公の気持ちに沿い、うちのウイリアムズの心情に当てはめたものです。
人形作家による70cm程の眠り目の球体関節人形と、今年の7月にご縁がありました。
彼女は永遠に目を覚まさないような、仮死的な風貌です。
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シリーズを細々続けています










2022年 07月19日 10:40 (火)
時折、老舗の草餅を買いに歩く地蔵坂に、
いつから開いたのかこじんまりとした画廊店があり、わたしはそこで眠る創作ドールとご縁がありました。

わたしは20年間静かにその日を待ち望んでいました。



戻り梅雨のそぼ降る日、ワンピースの袖と裾を濡らしながらおずおずと扉を開けました。
ギャラリーって私には・・・アーチスト系な人が集まりそうな場に居ていいのかと気後れがする。
物静かな若いご店主の距離を保った出迎えと、昔から存在しているような店内の空気と音楽に安心して顔を上げると、
彼女はなんの疑いも持たず、わたしを待っていてくれました。

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gallery hydrangeaにて撮影
(人形のオーナーである私は)ギャラリー内での撮影及び掲載許可をいただいています
※作品単体を撮影・掲載する場合はお店にご確認下さい
自分の情報力と行動力の乏しいせいがままあると知っていますが、
作家の創作ドールに一目惚れをして、且つドールにも受け入れてもらい、時世や己の生活環境などを併せて考えると、
お輿入れしてもらう可能性は人生の中でけして高いものではないと思います。
ご店主との短い話の流れで、ツイッターのアカウントを持っていないことを告げると、
どうしてここを知ったのかと少し不思議そうでした。
個人活動の作り手、売り手、買い手、ツイッターは情報を回す生命線といって過言じゃない時代なのでしょう。
ぬいぐるみやお人形が好きな地元のおばさんで、こちらのギャラリーはお買い物の道すがら気になっていました。
(コロナで色々あり)なかなか入店の機会がなく、ようやくこうしてご縁がありました。
そうまんま応えました。
微かな笑顔を返してくれましたが、きっとなんか客層が違うと思われたことでしょうね。
20年間眠る創作ドールとの出会いを待っていました。
2022年 04月25日 18:43 (月)
週末にテディベアとビスクドールを日向ぼっこさせていました。

ビスクちゃんとは近所の蚤の市で出会い、優しい存在感と愛らしさに一目惚れをして、迷わず家に連れてきました。
品の良い穏やかなお顔で天使みたい。桜の国からやって来たみたい。
彩色が磁器と融合して肌に深さを増しています。
お店の方に「良かったらsnsでこの子のお写真を紹介して下さいね。」と言われたものの、
す、すみませんツイッターとか今だにアカウントさえ持ってない不調法者です。
(これを機にアカウントくらい取ろうか・・・)
日向ぼっこが終わり、外れてしまった人形の帽子を被せなおす時に、首の後ろのサインに気づいてびっくり。
全体の様子と動かした状態から25年くらい前のオールビスクのビンテージだろうな、なんて思ってはいたのですが、
それが1989年の三輪輝子さんによる創作人形だと知りました。
’89 MIWA
(調べたら近年のサインはイニシャルのMとTを組み合わせたようなデザインが多い)

33年前、初期の頃の作品ですね。人形の名前は不明。
全く気づかず唯々愛しくて、ドレスも靴もその素材までもが素晴らしいと、出会えたのを喜んでばかりいました。
おそらく古いアンティークレースや生地を使用してあり、特に下着はとても繊細で、
誤って破ってはいけないと、脱がせたり本体を念入りにチェックしていなかったんです。

夕飯の買い物途中目に入り足を向けた蚤の市で、こんな出会いもあるのですね。
作家さんの人形だからと言って扱いが今までと変わるわけではありませんが、
このビスクちゃんの生みの親がわかって良かった。
素敵なお母様ね、大切に作られたのでしょうね、などと話しかけつつ

心なしかうれしそう
もしこんな私を選んで来てくれたとしたら・・・・・
思い上がりと知りつつも幸せです。

備忘録
シュタイフ ヒストリックミニチュア テディクラウンローズ1993~1997
シュタイフ USA限定 サーカステディクラウン1987
(帽子衣装はキャビネットに保管)
NOBUKO’s BEAR 2013頃?
三輪輝子氏 クラシカルオールビスクドール1989
